2010年12月23日木曜日

韓国蔚山の西生浦倭城(ソセンポウェソン)に行って来ました。


西生浦倭城(ソセンポウェソン)は1593年5月から豊臣秀吉の朝鮮侵攻の先鋒将である加藤清正の指揮の元で海抜133mの山頂に本城を築いた日本式の城跡です。山の東側の斜面を利用して複雑な構造の2段、3段の副郭を設置し、山麓まで続く外城を配置した。城壁の外側には二重、三重の堀を回した。日本軍が引き揚げるときに建築物に火を放ったため建物は一切残っていません。数ケ所有る井戸は現在は農業用水として利用されている。
釜山の地下鉄に四面(ソミョン)から乗って約30分で海雲台(ヘウンデ)駅に着きます。1番出口を登って出ると、このバスターミナルが目の前に見えます。窓口で鎮下(チナ)までの切符を購入して下さい。時間つぶしには、この先の右側にダンキンドーナツが有ります。
バスが出発するまで1時間以上の待ち時間があり、海雲台(ヘウンデ)駅の近くのダンキンドーナツで時間調整しました。
海雲台(ヘウンデ)から鎮下(チナ)までの4400ウォンの切符です。約1時間のバスの旅です。
進行方向左側を注意して見てると、このバス停の建物が見えてきます。運転手さんにチナで下して下さいと言っておいた方が安全ですが、それでも私たちはひとつ前のバス停で降ろされて次に来たバスで乗って来ました。その経験から景色を見ていた方が良いです。到着したバス停から見た西生浦倭城の城跡のある小山と、帰りのバス停 鎮下(チナ)の切符売り場です。海雲台行きのバスの時間を確認しておいて下さい。季節によって運行時間が違います。
このアパート向こう側の山が城跡です。バス亭を降りて進行方向に歩いて、すぐの交差点を左折すると見えてきます。全行程40分ほどで天守閣跡に登れます。
ここが南門です。前方に民家が見えてます。両側の石垣がきれいに残ってます。
南門を過ぎてすぐのお宅でキムチを大量に漬けていました。城跡の中にお住いになってる方たちでしょう。
標識(矢印など)を見て少し歩くと、小さなログハウス風の事務所が有ります。管理事務所の金青子(キムチョンジャ)さん。蔚山広域文化観光解説士の女性で、韓国や日本のお城の研究を続けていらっしゃる方です。この城跡だけでなく日本のお城の解説もして頂き有難うございました。蔚山市内の城跡も是非訪問して下さいと言われました。
西生浦倭城の管理事務所です。
この坂が管理事務所の脇から城跡の登り始める坂です。正面に見える白いビニールハウスは個人の農業ハウスです。
この石積みが登り石垣で中腹の城閣跡まで続いてます。
中腹にある大手口です。石畳も敷いてあります。
現地の労働者を使って石垣を組み、この坂道を戦国武将が歩いて居たのだと思うと複雑な気持ちになった。
北門大きな石と小さな石の組み合わせで巧みに積み上げてます。
西生浦倭城の全体イメージを表示してあり、説明書きも日本語表示してあります。
石垣にイタズラ書きしてありました。昔のものか最近のものか解りません。
天守閣に近い一番上にある虎口です。周りは桜の木が沢山植えてありました。
天守閣付近にある井戸の跡との事ですが、こんな山の上の井戸に水が出るものか疑問を持ちました。井戸が有ったらしい場所は、石積みが崩れていて石の山になってます。
天守閣手前の石積みは大分崩れておりますが、約400年もの間良くここまで原形を保ったものだと思います。それも韓国は地震の少ない国であったのが幸いしたのでしょう。
頂上付近の一番上にある虎口です。この周りに多くの石垣が積んであり、建物が無くても見ごたえのある風景が続きます。加藤清正が精魂込めて造らせたと思うと感慨深いものがあります。現地の石工を大勢使い積み上げたと思われます。日本のお城の石積み依りも小石が多く使われていますので、ゆっくり時間を掛けて造ったものではなく、大急ぎで造ったものだと思います。
天守閣跡の手前に屋敷跡の広場があり立て看板が設置してあります。韓国では珍しい日本語で説明がしてあります。
天守閣があった場所で、城跡の一番高いところのに有ります。桜の木が沢山あり春には大勢の花見客で賑わうそうです。
西生浦倭城(ソセンポ ウェソン)の頂上付近から見た鎮下(チナ)の市街地と海岸(現在は海水浴場)。正面中央付近が鎮下のバス停です。
バス停までの帰路は約20分位です。大通りへ出て右折すると、すぐ右側の小さな店先に時刻表が貼って有ります。海雲台(ヘウンデ)行きのバスは、この冬場は約2時間に1本です。時間つぶしは街中の小さな喫茶店(JJマンマ)が最高です。親切で横浜に仕事で居たことのある人が経営してます。帰りのバス停から見て道路反対側の左前方の路地を海側へ入ると、右側に木製デッキが造ってある店(JJマンマ)です。日本語も通じるしトンカツがとても美味しいです。
行って見たい方は詳しくご説明しますので、コメント欄に記入して、メールアドレスをご連絡ください。
熊川倭城に行ってきました。も見てください。

2010年12月22日水曜日

5歳のフウくんのピッチング練習風景動画

4歳からお爺ちゃんに受けてもらってピッチング練習をしている富くんです。1歳のときにボールを持って下投げしている画像も有ります。最近は小学生のピッチング練習の見本になるくらい上手に投げます。

2010年12月3日金曜日

5歳のふう君のピッチング練習風景動画


爺を相手にソフトボールのウィンドミル投法を練習をしているふう君です。
まだまだコントロールに問題がありますが、基本はしっかり身につけて投げてます。

2010年11月25日木曜日

小学生のソフトボール夏合宿を長崎県の松島にて

長崎県の西の端、昭和30年ごろまで石炭を産出していた松島の入り口釜ノ浦港です。本土の大瀬戸からフェリーで約20分の航路で、海の汚染が進んでない水の綺麗な島です。

農業は無農薬の野菜作りに松島の方が励んでます。最近の地方の過疎化がこの島にも及んでますが、農業や漁業の体験など出来るようになってます。色んなスポーツ・趣味の合宿に使えるように、公民館などを使うことも出来ます。













松島に着くとすぐに岸壁の近くに釣りに行く翔くんです。3男の富くんも一緒に釣りを始めました。昨年まではチビの富くんはお留守番でしたが、今年は一人前にリールを操って釣りを始めました。この日はアラカブ(関東ではカサゴ)という魚を釣って、早速夕飯の味噌汁のダシになってました。とても良いダシが出るのでおいしく頂きました。


真夏の暑い日の毎朝7時から松島小学校のグランドをお借りして練習をさせて貰ってます。練習メニューは軽いランニング、柔軟体操、キャッチボール、ピッチング、バッティング、ノック、短距離ダッシュ、ストレッチで終了。約3~4時間の練習です。老人の私にはかなりキツイメニューです。子供たちは終わるとすぐに海岸へ大急ぎです。





双子の兄弟の次男の凱(カイ)くんです。力強いピッチングフォームで、球が落ちて来るので、とても打ちにくい回転の良い球を投げます。










双子の兄弟の長男の翔くんです。フォームが安定しているので、とてもコントロールが良いピッチングを身につけました。
スピードも乗ってきましたので、今後の上達に期待してます。








練習の休み時間にチビが一人投げてます。
お兄ちゃんたちのピッチング練習を真似て、自分でもウィンドミル投法ができる様になった、4歳の富くんです。









昭和30年ごろ小学生だった私が遠足でよく行った、小石がたくさんの”ゼゼが浜”に皆で行って見ました。
海水がとても綺麗で奇岩が林立してました。
付近の林の中には猪が居るそうです。









ソフトボール合宿の合間の楽しい海水浴。島の防波堤の中にある漁船の船着場です。深い海底も良く見えます。










夕食は家族全員で大騒ぎしながら頂きます。













8月16日村の送り盆の盆踊りに全員で参加。












8月20日3週間の松島合宿も今日で終わりです。
フェリーで島との別れを惜しみながら出港。
本土の瀬戸までは約20分の航路です。
そのまま家族8人を乗せて一路東京へドライブです。
今年も恒例の松島の夏合宿も終わりました。
松島のお世話になった皆さん有難うございました。
孫たちが一回り大きくなり、スポーツに勉強に頑張る事を祈願して・・・・・。

2010年11月18日木曜日

ウインドミル投法で投げる5歳のチビ投手

東京都あきる野市に在住の5歳の男の子(坂田ふう君)が、ソフトボールのウインドミル投法で見事に投げます。小学5・6年生のお兄ちゃんお姉ちゃんの真似をして投げることができる様に成りました。保育園の年中さん組に通ってますが、夕方は兄たちのソフトボールの練習に同行して、ほとんど毎日ボールと戯れてます。大人でも難しい投法で投げるのをご覧ください。

2010年11月17日水曜日

小学生のウィンドミル投法の陽ちゃん5年生

東京都あきる野市に在住の坂田陽(ヒナタ)です。双子の翔・凱君のひとつ違いの妹です。
来年の小学生ソフトボール全国大会の東京都大会予選です。今年10月24日江戸川球場で行われました。結果は見事優勝で全国大会の出場の切符を手に入れました。今年の夏から猛練習でコントロールと、精神力の強化を課題で練習してきました。まだまだ精神力に課題が残りますが、ずいぶん良くなりました。頑張って欲しいものです。12月25日~27日の3日間、白鳳大学足利高校でソフトボール講習会の合宿に行って来ました。星野昭先生や岡部監督のレベルの高い分りやすいご指導を受け、ピッチングのフォームがとてもスムーズになり、ストレートの速度が増し、チェンジアップも少し投げられるようになりました。来年三重県で行われる小学生ソフトボール全国大会に、この講習会で身に付けた事をしっかり練習して生かしたいと思います。

全国大会では得意のコントロールの良いチェンジアップが冴えて多くの三振を取りました。
結果は3回戦で負けて全国ベスト16で終わりました。写真は2回戦のひとコマです。

下記のリンク先もご覧下さい。

小学生のウィンドミル投法の凱くん

東京都あきる野市に在住の小学6年生の坂田凱(カイ)君のピッチングフォームです。今年7月に開催の小学生ソフトボールの東京都代表を決める大会です。基本どおりにきれいなフォームで投げています。4人兄弟の中では1番の剛速球を投げます。最近では大人でもそう簡単には打てなくなりました。23年9月現在野球をやっています。

この動画は2010年11月28日のあきる野杯でもう一歩でノーヒットピッチングに成りそうな試合でした。独特のピッチングフォームですが、コントロールも良く速球を投げ込んでます。

2010年11月10日水曜日

韓国釜山の熊川倭城(ウンチョンウェソン)まで行って来ました。

豊臣秀吉が朝鮮に派兵させた時に、1597年11月から宇喜多秀家・藤堂高虎に造らせた、日本式お城の跡を歩いて見ました。地図の表示も無く近くに住んで居られる方に聞きながら行ったのですが、あの山ではないか、と言う話を農協に来ていた人から聞き登る事にしました。大変暑い日でゆっくり歩くだけで大汗をかく程の猛暑の日でした。

解り易いように写真付きでご案内します。興味のある方はこれを印刷して持参すれば迷うことは無いと思います。

地下鉄の沙上駅で降り、地上に出るとショッピングセンターの前に出ます。
2階に釜山西部バスターミナルの鎮海(チンヘ)
行きのバスの切符売り場があります。

このフロアーが2階のバス券買所の窓口側から撮影した写真です。

3番窓口で鎮海(チンへ)行きのバスで熊川(ウンチョン)までの切符を買う。
私の前に立っている黒いポロシャツの二人の男性は地下鉄の職員さんです。
ご親切に切符売り場まで案内してくれました。その節は大変有難うございました。
鎮海行きのバスに乗って約60分ほどで熊川に到着します。
運転手さんに「ウンチョンで降ろしてください」と、
前もって用意したハングルのメモでお願いしておくと安心です。
前方に見えるバス停が、降車する熊川(ウンチョン)のバス停です。
バスの進行方向から戻る方向へ約20m程の所に横断歩道があり
道路の反対側に渡って、すぐそばの交差点を南(バスの進行方向の左側)
へ向かって歩き始める。

交差点から入ったこの道路(右側にシャレた高校がある)を約300mほど直進する。
道路左側に写真の3階建てのビルがある、そのビル手前の路地を左折する。
道なりに歩くとバイパスの陸橋が見えて来る、
その下を潜り抜けて左側に曲がると大きなケヤキが目に入る。
左の道路はバイパスの入り口です。正面のケヤキの下を右の路地へ右折する。
欅の下の石塔はハングル文字で何と書いてあるのか不明でした。
欅から200mほど歩くと右側に廃工場が見えて来ます。
そのまま道なりに100mほど直進すると右側に下の写真の看板が見えてきます。
この道標が城跡の山の入り口です。右へ曲がると分かれ道がすぐ有りますが、
右側の舗装されてない方の山道を登って下さい。
この様な舗装されてない曲がりくねった道が頂上近くまで続きます。
途中の公園風の平地が在りますが、ここが登りの工程の半分ぐらいの所です。
ここで一休みして写真の正面の山道を登ります。

この辺から石積みの城壁の跡が見え隠れします。
うるさいぐらいの蝉時雨の中を歩くすぐに頂上です。

この城跡に3箇所ほど在る日本式のお城の虎口が見えました。
日本で造られた石積みより小石が多く、短期間で大急ぎで造ったと思われます。

頂上の石垣が見えました。この付近が武家屋敷が有った場所らしいです。

大汗かいて頂上に到着です。周りは石積みの石でいっぱいです。
英語とハングルの文字が並んでますが、日本語はまったく使われてません。

当時の海岸から山頂まで続いてる石積みが見られます。
現在は埋め立て中で造成地が眼下に広がってます。
登る途中の平地に、ほとんど使われて無い様なトイレが在りました。
頂上から見える景色がとても綺麗で、当時は日本から遥々海を渡ってきた
木造の軍船が数多く停泊していたと思われる入り江が見渡せました。
今はご覧のとおり埋め立てが進んでおりやがて工業団地にでも変わるのかな。

下山後は町中の食堂の前で飲んだビールが最高でした。
少し肌寒いくらいの秋に行かれるほうが紅葉も見れて気持ちが良いと思います。
(緑の松が多いので紅葉はどうかな?)
バス停までの帰り道お洒落な高校の入り口で記念撮影。帰りのバス停はバス道路に出て右折した所です。来るときと同じバスだったので運転手さんが「お帰りなさい」と声を掛けてくれました。日本語が一切使われてないので、苦労しますが前もってハングルで行きたい所や、降りたいバス停の名前をハングルでメモしておくと便利です。釜山の若い人はとても親切で丁寧に対応して下さいます。とても楽しい旅でした。もし行かれる方がいらっしゃれば簡単に地図を書いて差し上げますのでコメント欄にご伝言ください。メールアドレスもご記入下さい。